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第3話 きれいな男の子と猫の名前

Penulis: 西しまこ
last update Tanggal publikasi: 2026-06-03 16:29:19

 ――思い出した。

 昨日帰ったとき、この子たち拾ったんだったわ。

 ……酔っていたから、なんか勢いで。

「ここに置いてください」という言葉を聞いて驚きのあまり頭が働き、波瑠は昨夜の自分の行動を蘇らせることが出来た。

「にゃー」とまた猫が鳴いた。

 波瑠はこめかみを抑えながら、彼らを見る。

 ……しかし、ほんとうにきれいな顔。

 そして、きれいな顔の彼は不安気な顔をしていた。

「あの……」

「あ、うん、今、思い出した。そう言えば、うちの前で拾ったのよね、昨日」

「はい」

「それで、ここに置いて欲しいっていうのは? どういうこと?」

「……僕、行く場所がなくて。こんなふうにぐっすり眠れたのも久しぶりで。僕、しばらく眠ることが出来なかったので、動けなくなってしまっていたんです。夜は寝てもすぐに目が覚めるんですけど、昨日はぐっすりと眠れて。……だから、おかしなお願いだとは分かっているんですけど、ここに置いてくれないかと思ったんです。突然変なこと言ってごめんなさい」

「……あなた、未成年よね? 私、犯罪者になりたくないけど」

 既に今でも危ない、と波瑠は昨夜の自分を呪いたくなった。

「いいえ。僕、成人しています」

「え? いくつなの?」

「十九歳です。大学一年生です」

「嘘! てっきり高校生だと思ったわ!」

「違いますよ。大学生です。――これ、学生証です」

 そういうと彼は学生証を波瑠に見せた。そこには、県内の国公立大学の名前と「羽田はだ千颯ちはや」という名前と顔写真が載っていた。

 波瑠は顔写真と目の前の人間の顔を見比べた。

 うん、確かに同一人物ね。もっとも、現実の方がきれいな顔しているけれど。

「ねえ、えーと、羽田くん。こんな立派な大学に行っている人が、どうして帰る場所がないの?」

「……家にはちょっといられなくなってしまって……」

 彼――羽田千颯はそう言うと、目を伏せ、長い睫毛が影を作った。手はきつく握りしめられている。

 誰でも知っている国公立大学に行っていて、これほどの美しい容貌で。

 羨ましいと思う人間は多いだろう。

 だけど、彼は帰る場所がないと言う。

 波瑠の脳裏に、自分の家族の姿がよぎった。

 波瑠の両親と妹、弟は、波瑠とは別の場所に住んでいる。波瑠は祖母から譲り受けたこの平屋の古い日本家屋に、一人で暮らしている。実家を出たのは、中学生のときだ。中学生のとき、波瑠は家を離れて祖母と一緒に二人で暮らすことになったのだ。

 ――こんなに恵まれていそうな人にも、何か深い悩みごとがあるのだろうか。

 波瑠はじっと、千颯の顔を見つめた。

 置いてあげたいような衝動はある。

 一人暮らしだし、家は一人暮らしには広くて部屋は余っている。

 だけど、そんな簡単には決められない。

 それに、波瑠には昨夜のお酒が残っていた。

「……ねえ、羽田くん」

「千颯、でいいです。――名字は好きじゃなくて」

「うん、分かった。じゃ、千颯くん」

「はい」

「私は、久保寺くぼでら波瑠はる、と言います。私も波瑠、でいいわ」

「はい、波瑠さん」

「――寝ます」

「え?」

「私、昨日飲み過ぎちゃって、頭働いていないの。お風呂も入らずに寝ちゃったし。シャワー浴びて、まず寝ます。それから考えることにします。千颯くん、あなたもシャワー浴びて、もう少し寝たら? 今日は土曜日だし、学校もお休みでしょう?」

「はい」

「じゃあ、お互いシャワー浴びてすっきりして、それから寝ましょう。その後でもう一度考えさせて?」

「……はい」

「着替えとかはあるのよね?」

「はい」

 千颯は黒い大きな鞄をちらりと見た。

「布団は、後で出すから。……干していないけど、許してね」

「もちろんです! というか、布団まで。……すみません」

「いいのよ。――とりあえず、あたし、シャワー浴びてくる」

 波瑠はふらふらと浴室に行き、服を脱いだ。

 見知らぬ男がいるというのに、なぜか警戒心は湧かなかった。

 ……あの子には、誰かを襲うとか危害を加えるとか、そういうパワーはなさそうに見える。……というか、彼自身がとても傷ついているように見える。

 波瑠は化粧を落とさずに寝てしまった顔を見て、ひどい顔をしている! と、きれいな顔の千颯を思い出し、とても恥ずかしくなった。

 シャワーを浴びてさっぱりとして、先ほどの部屋に戻り布団を敷き、バスタオルを千颯に渡しシャワーを浴びるように言った。

「じゃあ、私、寝てきます。千颯くんも寝てね」

「はい」

 なんだかよく分からないことになってしまったけれど、とりあえず寝てしまおう、と波瑠は思った。

「あ、その前に」

 波瑠は猫の簡易トイレを作り、とてとて歩いている猫に「ここでトイレするのよ」と言った。それから「うち、食べるもの、あまりないけれど、食べるかな?」とにぼしとお水をあげた。猫は不思議そうな顔をしながらも、煮干しをぱりぱりと食べ始めた。

「よかった、食べられるのね」

 猫の頭を撫でると、やわらかくあたたかだった。

「ねえ、この子、名前なんていうの?」

「まだ決まっていません」

「名前、つけていい?」

「いいですよ」

「えーとね、キャンディ!」

「……由来は?」

「んーと、かわいいから?」

 波瑠がそう言うと、千颯は笑った。緊張していた顔が崩れて笑った顔は、きれい、というよりもとてもかわいい、と波瑠は思った。

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